淡墨桜

淡墨桜、更なる苦難も宇野千代が救う

昭和34年9月の伊勢湾台風は、名古屋を中心とした東海地方を襲いました。この時に老木の淡墨桜も太い枝が折れ、小枝も殆どもぎ取られるなど、無惨な姿になりました。根尾村(当時)は直ぐさま淡墨桜に支柱を増やし、肥料も与えるなどの措置をとりましたが、残念ながら樹勢は遅々として回復しませんでした。

宇野千代と平野岐阜県知事

こうした時期である昭和42年4月11日に、故人となった作家宇野千代が根尾村を訪れました。痛々しく侘びしく佇む老木の薄墨桜を見て心打たれ、グラビア誌「太陽」(昭和43年4月号)にその感想文を発表しました。同時に、岐阜県知事・平野三郎に対して書簡を送り、淡墨桜を朽ちることのないよう対応を求めました。

平野知事は、これに応えて昭和43年4月19日に視察し、岐阜県文化審議会に桜の保護を指示しました。文化審議会は、岐阜大学の堀武義教授に依頼しました。その結果、堀教授は、根尾村に対して幹周辺を従来より根をしっかりと保護するために広く柵を囲んだり、枝を守る支柱を増やしたり、幹の白カビを削ったり、さらに多量の肥料を与えるなどの対応をとることを勧め、根尾村はこれを実行しました。

これを機会に、国や岐阜県はこれらの作業に対して補助金を交付することとなり、また地元や有志の浄財なども併せて保存に努めている。

平成に入っても引き続き淡墨桜の再生策が施されており、岐阜大学の林進教授の指導によって、腐朽部の除去や殺菌剤の散布、木質強化剤の塗布、開口部へのウレタン充填など、4回の手術を行なうなどしています。

今後は、主幹部や枝部の空洞に発生する不定根を地面に導くなどの技法が検討されているといいますが、いずれにしても大変多くの人の手をかりて樹勢を保っています。

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